東京高等裁判所 平成6年(行ケ)275号 判決 1997年2月13日
東京都中央区新川1丁目16番10号
原告
株式会社ミトヨ
同代表者代表取締役
田中茂治
同訴訟代理人弁護士
小坂志磨夫
同
小池豊
同
森田政明
同
弁理士 山田正国
千葉県松戸市常盤平6丁目11番地の10
被告
エクセル株式会社
同代表者代表取締役
中川達彌
同訴訟代理人弁理士
小橋一男
同
小橋正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成2年審判第23496号事件について平成6年9月29日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、考案の名称を「剛性の薄肉プラスチック管」とする登録第1653839号実用新案(昭和51年11月16日出願、昭和61年9月29日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。
原告は、平成2年12月21日、本件考案の登録を無効とすることにつき審判の請求をし、特許庁は、この請求を同年審判第23496号事件として審理した結果、平成6年9月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月9日、原告に送達された。
2 本件考案の要旨
ダクト管路用薄肉プラスチック管において、前記プラスチック管は3次元的に中心軸が変化する所定の管路形状を有しており且つ剛性熱可塑性樹脂からなる同一のパリソンから一体的に構成されたダクト管路用薄肉プラスチック管。
3 審決の理由の要点
(1) 本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 請求人(原告)は、本件考案の実用新案登録を無効とするとの審決を求め、その理由として、
<1> 本件考案は、本件考案の出願前に日本国内で公然知られ、又は公然実施されているので、実用新案法3条1項1号又は2号の規定に該当し実用新案登録を受けることができない、また、
<2> 本件考案は、本件考案の出願前に日本国内で頒布された刊行物に記載されているので、実用新案法3条1項3号の規定に該当し実用新案登録を受けることができない、また、
<3> 本件考案は、本件考案の出願前に日本国内で頒布された刊行物に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるので、実用新案法3条2項の規定に該当し実用新案登録を受けることができない考案に該当し、
よって、同法37条1項1号の規定により無効とされるべきである、と主張している。そして、請求人は、上記主張事実を立証する証拠方法として、以下の証拠を提出している。
書証
甲第3号証(本訴における書証番号。以下、同じ。)
本件考案に係る「剛性の薄肉プラスチック管」からなるダクトを搭載した富士重工業株式会社(以下、「富士重工」という。)製の軽トラック「スバルサンバー」に関する公正証書
甲第5号証 富士重工が昭和48年2月10日に発行した「スバルサンバー」のパーツカタログ
甲第6号証 富士重工が昭和50年1月31日に発行した「スバルサンバー」のパーツカタログ
甲第7号証 富士重工が昭和51年1月に発行した「スバルサンバー」のパーツリスト
甲第4号証 富士重工群馬製作所で昭和47年4月3日に製図されたダクト(デフロスタRH)の図面
甲第10号証 実公昭33-16929号公報
甲第11号証 実公昭34-20412号公報
甲第8号証の5 平成5年12月16日に実施された証拠調べの際に提出した図面2
甲第8号証の6 平成5年12月16日に実施された証拠調べの際に提出した図面3
甲第9号証 陳述書(楢山茂)
物証
検甲第1号証 甲第3号証に示されたダクト管(LH、使用済み)
(3) 被請求人(被告)は、結論と同趣旨の審決を求め、請求人(原告)の主張はいずれも理由がない旨の答弁をしている。
そして、被請求人は、以下の証拠を提出している。
書証
乙第1号証 「使用済スバルサンバーダクト」説明書
乙第2号証 「使用前スバルサンバーダクト」説明書
乙第3号証 証明願(池守国夫)
乙第4号証 証明願(鈴木武士)
乙第5号証 陳述書(江崎恭夫)
物証
検乙第1号証 乙第1号証に示された左側ダクト
検乙第2号証 乙第1号証に示された右側ダクト
検乙第3号証 乙第2号証に示された分割型ダクト
人証
証人池守国夫(本訴における甲第8号証の2、4、7)
証人鈴木武士(本訴における甲第8号証の3、8)
(4) 理由<1>について
<1> 請求人(原告)は、甲第3号証(検甲第1号証)及び甲第4号証を提出し、甲第3号証のダクト管は、本件考案と同一のものである旨主張すると共に、甲第5ないし第7号証を提出し、上記ダクト管は、甲第5号証のパーツカタログの発行当時のままであり、本件考案の出願時に公知公用のものとなっていたことは明らかである旨主張すると共に、被請求人側の申請した証人尋問における反対尋問により、上記主張を裏付けようとするが、「スバルサンバー」昭和48年型から取り外された甲第3号証のダクト管が、そもそも製作直後のダクト管、即ち、「スバルサンバー」昭和48年型に取り付けられる前のダクト管と同一の管路形状をしているかどうかについては、被請求人が指摘するように、疑わしく、請求人の提出した甲第3号証(検甲第1号証)ないし甲第7号証及び証人池守国夫及び証人鈴木武士に対する証人尋問における反対尋問の証言内容を検討しても、甲第3号証のダクト管が、製作直後のダクト管、即ち、「スバルサンバー」昭和48年型に取り付けられる前のダクト管と同一の管路形状をしていたものと認めることはできない。
かえって、証人池守国夫及び証人鈴木武士の各証言からすれば、製作直後のダクト管は、側面からみて直線的形状をしていて、それが車体への取付け時にジャバラ部分により所定角度、車体前方に曲げられた状態での時間的経過による曲げ構造が固定された結果、3次元的な曲げ形状が認知できるものとなつたと認めるのが相当である。
そうすると、甲第3号証のダクト管が、本件考案のものと同一であるというためには、少なくとも、その製作時における管路形状が、本件考案の前記要旨におけるそれと同一であることを証することが必要であるところ、この事実を裏付けるに足る証拠はないから、前記の両ダクト管が同一であるということはできない。したがって、請求人の理由<1>にかかる主張は認められない。
<2> 以下、理由<1>について述べる請求人の主張について順次検討する。
(イ)請求人は、甲第3号証(検甲第1号証)のダクト管は、下端に短い屈曲部を有し、下端より中位にかけての部分が傾斜し、かつ上端吹き出し口が傾斜しており、これらの屈曲部とほかの2箇所の傾斜がそれぞれx、y、z方向の成分をもつているから管の中心軸が3次元的に変化している管路形状を有している旨主張し、具体的には、甲第3号証のダクト管の管路形状、構造、材質等々が記載されている甲第4号証として提出した製作図面によっても甲第3号証のダクト管が本件考案の要旨と全く変わらない構成を備えているものであることは分かる。即ち、「本部品ノ正面図ノ形状ハ取付状態(図示)ニテ成形スルコト」と甲第4号証に記載されているように下端に短い屈曲部を有すること、下端から中位へかけて傾斜部が存在するため正面で2次元に曲がっていること、それに、側面図でも下半部が傾斜していることなどから3次元的に軸が変化した形状を有することが明らかである、と主張する。
しかしながら、この点について、甲第4号証の側面図では、ダクト管の下半部が傾斜して図示されているが、側面図については、注記部にこの状態にて成形されるとは記載されておらず、ダクト管は、必ずしも甲第4号証の側面図の記載のとおり成形されることを示しているとはいえず、そして、上記証人池守国夫の証言109ないし113によれば、上記甲第4号証の図面以外に製作図はないという点で、上記甲第4号証の図面は、製作図面の性格をも有するものであるが、併せて、取付図面の性格を有するものであるものと認められ、更に、上記証人鈴木武士の証言をもこのことと矛盾するものではないので、甲第4号証に基づいて製作されたダクト管は上記甲第4号証に記載されたとおりに成形されるものであるとはいえない。
(ロ)また、請求人は、側面図等の上端吹き出し口に「9°」との記入があり、上記側面図のダクト管の吹き出し口付近は僅かながらも左へ傾斜し、その中心線はダクト管胴部の中心線から5mmずれているから3次元的に軸が変化した形状を有することが明らかである、と主張する。
しかしながら、この点について、甲第4号証の側面図等の上端吹き出し口の「9°」の記載は、上記証人池守国夫の証言50ないし53及び114ないし119によれば、インパネの吹き出し口の傾斜角度に合わせるために上端部の切り口を9°にすることの事実を示しているものと認められ、上記側面図ダクト管の吹き出し口付近は僅かながらも左へ傾斜し、請求人の指摘する中心線はダクト管胴部の中心線から5mmずれて記載されているように見えるが、上記側面図の吹き出し口付近は、甲第4号証の正面図のA線における断面図であり、この中心線は上記側面図におけるインパネの吹き出し口の中心線に過ぎず、本来のダクト管の吹き出し口付近の中心線は、上記正面図においては、A線から右にずれていくと解すべきものであり、その中心線は、上記正面図B矢視図である「B→」図(以下、「B矢視図」という。)においては、Xマイナス6番線にほぼ平行に表れるものであると解されるから、結局、本来のダクト管の吹き出し口の中心線は、上記側面図に表すとすれば、傾斜しているということはできないものである。
(ハ)請求人は、B矢視図は、ダクト上端のラッパ状に拡がった吹き出し口が偏平になっていることを示すと同時に、その偏平の方向がダクト管のXマイナス6番線で示された基準線に対して右側で後方へ9mm、左側で前方へ6mmねじるように変形した状態で図示されている。このダクト管上端部左右の前後へのねじれは、甲第4号証の正面図においてダクト管が前後方向へ曲がっていることを示しており、同じ正面図の下端部は「ヒータBOX差込穴」へ向けて既に曲がっていることと合わせると、このダクト管の中心軸は結局3次元に曲がっていることとなると主張する。
しかしながら、この点について、ダクト管上端部左右が前後へねじれていても、前記(ロ)で認定した本来のダクト管における中心軸が、上記正面図において、(車体の)前後方向へ曲がっているとはいえないのであるから、甲第4号証の正面図のダクト管の下端部が曲がっていても、「3次元的に中心軸が変化する」とはいえない。
(ニ)請求人は、乙第1号証の3の写真1はダクト管を平面に置いて撮影されているが、ラッパ状の上端が平面にほぼ平行になっているのに対して、下端の「ヒータBOX」への取付端は楕円状に開口があらわれ、傾いていることを示している。従って、本件ダクト管が3次元的に曲がった中心軸を有することは乙第1号証のものからも分かることである、と主張する。
しかしながら、この点については、被請求人が主張するように、乙第1号証の3の写真1のダクト管は、使用後のものであり、必ずしも使用前のダクト管の状態のものと同一の管路形状であるとは限らないので、乙第1号証のダクト管が3次元的に曲がった中心軸を有していたとしても、そのことにより直ちに本件ダクト管が3次元に曲がった中心軸を有しているとはいえない。
(ホ)請求人は、甲第4号証に記載されたダクトを2次元の合わせ面を有する金型を用いて成形するとなると、その金型は、甲第9号証の図1(別紙1参照)に示す形状になる。つまり、吹き出し口の左端の6mm、右端の9mmからなるねじれを型成形するために、深いアンダーカットを刻設する必要が生じるから、これではダクトの抜き取りは不可能に近い。さらに実際のブロー成形では、甲第9号証の図2(別紙1参照)に示すように吹き出し口の口縁から同じ傾斜角度9°で成形溝を彫り込むのが普通であるからアンダーカットはより深くなり、さらに抜取りがしにくくなるので、2次元の合わせ面を有する金型を用いて成形することは不可能である、と主張する。
しかしながら、この点について、甲第9号証の中で、陳述人楢山茂が展開している見解は、甲第9号証の図1及び図2に記載されているようにして成形すれば、ダクト管の抜取りは不可能になるというように、同陳述人が独自の前提に基づいて行っているものであり、従って、同前提に拘束されなければ、中心軸が2次元に変化するダクト管の成形は、可能であるものと認められる。
従って、請求人の上記(イ)ないし(ホ)のいずれの主張をもってしても、これらは、前記主張<1>の理由を正当なものとして裏付けるに足るものではないから、採用することができない。
そうすると、甲第3号証のダクト管は、製作直後から、即ち、「スバルサンバー」昭和48年型に取り付けられる前から本件考案のダクト管と同一の管路形状をしていたということができないので、本件考案は、本件考案の出願前に公然知られ、若しくは公然実施された考案であるということはできない。
(5) 理由<2>について
請求人の引用した、甲第5号証の261頁及び甲第6号証の307頁には、ダクト管(11)、(12)がインストルメントパネル及びその他の関連部品と共に斜視図の形態で図示されている。
しかし、同斜視図は、ダクト管(11)、(12)と、インストルメントパネル及びその他の関連部品との関連を説明している説明図的な性格を有するものであり、同斜視図のみから、そこに示されているダクト管(11)、(12)が、必ずしもダクト管単品の管路形状と一致するものであるといえないばかりでなく、それらの中心軸が3次元的に変化した形状を有するものであることを明確に記載しているものであるということもできない。
してみると、甲第5号証及び甲第6号証は、その図面の性格上、関連部品の相互関係を示すものとしては理解しやすいものであるが、各部品自体の正確な形状を示すものとしては、一面、極めて不確定な要素を含んでおり、その意味では、不明瞭で技術的事項の認定資料としての適格性が十分とはいい難いものであるから、本件考案は、甲第5号証又は甲第6号証に記載された考案であるとすることはできない。
(6) 理由<3>について
本件考案と請求人の引用した実公昭33-16929号公報(甲第10号証)に記載された考案とを対比すると、甲第10号証には、熱可塑性剛性樹脂膜を用いた人形の構造が記載されており、そして、「1は手足と一体に形成した胴体、3は頭部であって、これら1、3は何れも塩化ビニール膜のような相当な復元力をもつ適宜の熱可塑性合成樹脂を用いて作って」(1頁左欄13行ないし16行)いることが、図面と共に記載されているのみであり、本件考案の構成に欠くことのできない事項である、熱可塑性樹脂が剛性であること及びダクト管路用であること、については何等記載されていないばかりでなく、上記人形の手足と一体に形成した胴体が同一のバリソンから一体的に構成されているかどうかについても記載されていないことから、その具体的形状構造について把握することもできない。
次に、本件考案と請求人の引用した実公昭34-20412号(甲第11号証)とを対比すると、甲第11号証には、「胴体1頭4及び手2足3などをビニールまたはゴムのような復元力をもつ材料で別々に作り、互いに組立てる」(1頁右欄22行ないし24行)人形が、図面と共に記載されているのみであり、本件考案の構成に欠くことのできない事項である、熱可塑性樹脂が剛性であること及びダクト管路用であること、については何等記載されていないばかりでなく、上記人形の胴体1頭4及び手2足3が同一のパリソンから一体的に構成されているかどうかについても記載されていないことから、それらの具体的形状構造について正確に把握できないものである。また、請求人は、第6図の手の構造が3次元的に中心軸が変化した管である旨主張するが、同図面の記載のみから、本件考案でいうところの、3次元的に中心軸が変化した管であるということもできない。
してみれば、たとえ、請求人が主張するように、本件考案と甲第10号証及び甲第11号証に記載された考案との技術分野が樹脂成形で共通しているといえども、人形とダクト管との相違、更には、その管路部の素材、形状等が異なることを勘案すれば、本件考案は、甲第10号証及び甲第11号証に記載された考案に基づいて、当業者が極めて容易に考案をすることができたものとすることはできない。
(7) 以上のとおりであるから、前記請求人の主張及び証拠方法によっては、本件考案の実用新案登録を無効とすることはできない。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。
同(4)<1>のうち、請求人の主張内容は認め、その余は争う。同(4)<2>のうち、(イ)中の請求人の主張内容及び「証人池守国夫の証言109ないし113によれば、上記甲第4号証の図面以外に製作図はないという点で、上記甲第4号証の図面は、製作図面の性格をも有するものである」こと、(ロ)中の請求人の主張内容及び「上記側面図ダクト管の吹き出し口付近は僅かながらも左へ傾斜し、原告の指摘する中心線はダクト管胴部の中心線から5mmずれて記載されているように見える」こと、(ハ)ないし(ホ)中の原告の各主張内容は認め、その余は争う。
同(5)のうち、「請求人の引用した、甲第5号証の261頁及び甲第6号証の307頁には、ダクト管(11)、(12)がインストルメントパネル及びその他の関連部品と共に斜視図の形態で図示されている」ことは認め、その余は争う。
同(6)は認める。
同(7)は争う。
審決は、本件考案の要旨の解釈を誤り、かつ、引例ダクト管(甲第3号証)の形状等の認定を誤った結果、甲第3号証に基づく新規性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本件考案の要旨及び引例ダクト管の形状-その1)
審決は、「甲第3号証のダクト管が、本件考案のものと同一であるというためには、少なくとも、その製作時における管路形状が、本件考案の前記要旨におけるそれと同一であることを証することが必要である」と判断した上、「両ダクト管が同一であるということはできない」と判断するが、誤りである。
<1> 本件考案の実用新案登録請求の範囲にいう「3次元的に中心軸が変化する所定の管路形状」とは、「立体的に折曲変形し且つ取付時に折曲げできる管」を意味する。
ここに、「立体的に折曲変形」とは、「左右上下前後方向に曲折した形状」を意味し、このことは、成形品でいえば、パーティングラインが3次元的な曲線をなしていること、金型でいえば、割り金型の合わせ面が立体的な折曲を意味する。しかも、折曲する部分が蛇腹部であってはならないなどという限定はどこにも記載されていない。
また、「取付時に折曲げできる」とは、具体的には管途中に「折曲自在な蛇腹部が介設されていること」を意味する。
<2> 本件考案の明細書及び図面(以下、「本件明細書」という。)の考案の詳細な説明にも、「本考案は剛性の薄肉プラスチック管に関するもので、特に立体的に折曲した形状のもので(その途中で折曲げが自由な硬質)熱可塑性樹脂製のものを提供することを目的としている。」(甲第2号証1欄8行ないし11行)と記載されている。
なお、上記かっこ内の部分は、出願公告公報(甲第2号証)には記載されていないが、この部分を削除する補正はなく、公報印刷時に審査官のミスで脱落したものである。すなわち、本件考案の出願当初の明細書(甲第12号証の1)には、「本考案は薄肉プラスチック管に関するもので、特に立体的に折曲しその途中で折曲げが自由な熱可塑性樹脂製のものを提供することを目的としている」(1頁10行ないし13行)と記載されていたが、昭和53年7月17日付け手続補正書(甲第12号証の5)により、上記箇所が、「3. 第1頁10行中、「本考案は」とある次に、「剛性の」の3字を加入する。
4. 第1頁11行中、「その途中で折曲げが自由な」とある前に、「た形状のもので」の7字を、また後に、「硬質」の2字を、各加入する。」(2頁3行ないし7行)と補正された。審判官は、「その途中で折り曲げが可能な」の前に「た形状のもので」を加入すべきところ、誤って「その途中で折曲げ自由な」を手書きで抹消してしまったものである。
実用新案公報は、公告決定された出願明細書の内容を公示する手段であるから、公報の記載が誤っていれば、正しい明細書の内容で考案を理解すべきである。
また、本件明細書(甲第2号証)第3図(A)を見れば、本件考案の実施態様は蛇腹部で曲がっていることは明らかである。
<3> 「中心軸」については、被告は、甲第12号証の1ないし6(本件考案の出願手続書類)、甲第13号証の1ないし10(審判手続書類)において、「本考案は3次元形状を有するプラスチック管を剛性熱可塑性樹脂から一体成形した構成であることを特徴として」いる旨強調しているのであるから、被告の出願過程における認識としても、中心軸の意義に意味はなく、要するに管の形状が「3次元形状」であればよいというものである。
被告は、管路は必ず中心があり、その中心を通る軸ないし線が中心軸であることは自明である旨主張するが、断面形状がいびつであったり、左右非対称の複雑な形状になっているものには中心なる概念は考えられない。
<4> 被告は、サイホンポンプの公知例(乙第10号証)を引用して、このような事後的に変化するものは本件考案の特徴を有しないと述べるが、本件考案の審判理由補充書(甲第13号証の2)における被告の意見も、サイホンポンプの場合は、使用の際常時屈曲性が要求されるものであるのに対し、本件考案のダクトは使用状態において一定の形状を維持する点が相違するというものであるから、引例ダクト管の現物は、文字どおりダクトであり、車輛に取り付けられて、以後その形状を維持するのであって、もとより使用状態において常時屈曲されるべき性質のものではないから、本件考案と何ら異なるところはないのである。
また、直線状のダクト管であっても、それを成形する金型の分割態様によってはパーティングライン及び金型の合わせ面を3次元的に変化させることは可能であるとの被告の例示は、極めて突飛な例示である。
<5> そうすると、仮に引例ダクト管の側面形状における蛇腹部分(甲第4号証参照)がまっすぐに製造されたとしても、スバルサンバーに取り付けられて販売された時点、すなわち公知公用となった時点で、3次元に折曲していたものであるから、複雑な配管箇所に継手がなく一体のもののダクト管として3次元的に配管された引例ダクト管は、それ自体、本件考案の目的効果の点で完全に一致し、構成上の相違を認めることもできないから、蛇腹部を曲げた3次元形状のダクトに関する本件考案の新規性を失わせるものである。
(2) 取消事由2(引例ダクト管の形状-その2)
審決は、「甲第3号証のダクト管が、製作直後のダクト管、即ち、「スバルサンバー」昭和48年型に取り付けられる前のダクト管と同一の管路形状をしていたものと認めることはできない」と認定するが、誤りである。
<1> 引例ダクト管の現物(甲第3号証)は、材質はプラスチックからなり、硬度は感触では石油ポリタンク程度であること、管の途中にいずれの方向にも屈曲できる蛇腹部が存在すること、左側ダクト管(検甲第1号証)の下部接合部の肉厚は1mmであること、平面上に置いたときは、まず平面に添って屈曲しており、更に平面から離れるように屈曲しており、その平面に接する部分は下部のごく一部であって、ダクト管は明らかに3次元的に屈曲していること、管に嵌合部分や縦に接合した箇所はなく一体成型でできていることが認められる。
<2> 甲第4ないし第7号証は、すべて客観的な証拠で説明を施す必要のない図面であり、製作直後のダクト管の形状が3次元形状をしていることとすべて符合する。
すなわち、引例ダクト管の図面(甲第4号証)からは、投影法の約束事として、中央の図面がダクトの正面図を、左の図面が側面図を表していることが自明である。そして、三角法の約束事の下に図示されている以上、正面図が製作状態のダクトの形状を表している以上、側面図は特記しなくともその側面形状を投影した形状として左側に描かれるのが原則である。また、ダクトの形状は、正面図も側面図も2次元に曲折しており、当該ダクトは図面上明らかに3次元形状である。そして、図面(甲第4号証)は、引例ダクト管の製作に際して作成された唯一の図面であり、同図面がダクト管の製作者に向けられた図面であることは否定できない。また、正面図も側面図とも長さが同一に描かれている。もし側面形状では蛇腹部がまっすぐであったとしたら、その分だけ蛇腹部は長くなるはずであるから、結局正面形状も図面どおりには製作されなかったということになる。さらに、注記4に「本部品ノ正面図形状ハ取付状態(図示)ニテ成型スルコト」と成型指示がされており、側面図の下半部に、ダクト管の製作のための指示寸法や曲げ角度などが克明に記載されていることからも、図面(甲第4号証)は、正面形状も側面形状も図示されたとおりのものとして製造指示している製作図面であることが明らかである。
証人池守国夫及び証人鈴木武士(甲第8号証の2、3)は、いずれも引例ダクト管の現物(甲第3号証)の製作者でもなく、また、その図面(甲第4号証)の作図者でもない。さらに、20年以上も前の事実についての証言なのであって、各証言の信憑性は甲第4ないし第7号証に及ぶべくもない。
<3> 引例ダクト管のパーツカタログ(甲第5、第6号証)は、部品の客観的な形状を示すカタログである。このカタログに記載されたダクト管は3次元形状である。
<4> したがって、引例ダクト管の現物(甲第3号証)が、長年の取付状態によってくせがついたなどという推論は到底できず、製作時の状態のままの形状であると認定することが引例ダクト管の図面(甲第4号証)やパーツカタログ(甲第5、第6号証)とも符合し、自然である。
(3) 取消事由3(引例ダクト管の形状-その3)
引例ダクト管は蛇腹部の曲がりを無視しても、他の部分において立体的に曲がった形状を呈しているから、審決は、この点についても認定判断を誤っている。
<1> すなわち、図面(甲第4号証)における側面図等の吹き出し口の中心線がダクト管胴部の中心線から5mm(1.5+3.5mm)ずれている点、B矢視図において、偏平になっている吹き出し口がX-6番線に対して右側で後方9mm、左側で前方へ6mmねじれるように変形し、この上端部左右の前後へのねじれは、正面図においてダクト管が前後方向に曲がっていることを示しており、正面図下端部のホルン状の曲がりと合わせると、このダクトの中心軸は3次元に曲がっていることは明らかである。
側面図で、胴部中央は、X-6番線から1.5mmずれたところに中心線が引かれており、その中心線は上端部の手前で終わっている。これは胴部の中心線がそのまま上端部の中心線とはならないからにほかならない。
乙第5号証は、独自の中心線A’なるものを描き、それに沿ってカットすれば、側面図の上部にこのA’線が現れる等と説明するが、A’線なるものは、およそ管路の中心とは関係のない乙第5号証の作成者が恣意的に引いた線にすぎない。
しかも、ラッパ状部は、図面(甲第4号証)の正面図からも明らかなように、吹き出し口が蚕のまゆ状をした2つの仕切りによって3つの管路に分岐されており、したがって、ダクト管路の中心線を求めるのであれば、それぞれの管路ごとに3つ設定しなければならない。
まして、正面図に引いた当該A’線を側面形状から見ると、中心線の上部延長部分の直線になるなどということは全く根拠のない独断にすぎない。
<2> 図面(甲第4図)に基づき割り金型を製作する場合、金型の合わせ面が2次元形状のものを用いて成形することは、ダクト上部の吹き出し口の上記形状からして不可能である(甲第9号証)。本件考案にいうダクト管は割り金型を用いて両金型を合わせ状に押圧して成形することを前提にしている。この種成形技術においては、割り金型から製品の抜取りが可能なように金型の合わせ面の形状を決めるのである。審決は、これを理解しないため、陳述書(甲第9号証)の見解を独自の見解と誤って判断したものである。
<3> 「3次元的に中心軸が変化する所定の管路形状」であることは、割り金型の合わせ面の形状として現れる。左右前後方向の曲折は、管の平面形状の曲がりから明らかである。上下方向の曲折は、割り金型の合わせ面の形状の痕跡が上下方向に曲折していることで明確になる。割り金型の合わせ面の形状の痕跡は、管中央を2分する「パーティングライン」として残る。引例ダクト管の現物では、上部吹き出し口付近でパーティングラインが折れ曲がっている(別紙2第2図)。これは、引例ダクト管を割り金型で成形する際、吹き出し口付近においては、金型合わせ面を別紙2第3図のように大きく傾斜させないと、吹き出し口付近の上下の金型に大きなアンダーカットができてしまうからである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 本件考案は、所定の形状を有する管路自体が3次元的に中心軸が変化しており、剛性を有し、かつ、同一のパリソンから一体的に構成された管路用薄肉プラスチック管を提供するものである。
本件考案では、所望によりその一部に蛇腹を設けることが可能であり、この場合は誤差を吸収することが可能であり、取付作業は更に一層簡単化される。
(a) この点は、本件明細書(甲第2号証)中の技術的課題についての記載(1欄12行ないし2欄28行)、実施例第4図はもちろん、第3図も、その成形に用いる第5図の装置について、「金型3の合わせ面は図示するように所望の溝形状の曲がり(即ち成型しようとするプラスチック管の3次元的に変形している曲線)に合わせて前後、左右、上下方向に曲線をなしている」と説明されているように、立体的に折曲した形状のものであることから明らかである。
(b) 本件考案は、単に外形形状が3次元形状であるにすぎないものに向けられたものではない。中心軸が1次元又は2次元に変化する形状のダクトであって、かつ、外形形状が3次元的な形状を有するダクトは本件考案以前から存在しており、本件考案は、このような従来技術との差異を明確にするために、外形形状ではなく、中心軸が3次元に変化する形状の所定の管路形状を有するものと規定したものである。
「中心線」という用語は、技術的用語というより通常の用語として特に説明の余地のない程度に一般に理解が可能なものであり、特に、ダクト管の中心軸とは、その中心の軸すなわち中心線のことを意味することは明らかである。したがって、当業者にとって、本件考案のプラスチック管における「中心軸」とは、プラスチック管の中心の軸ないしは中心線のことを意味するものであることは自明である。このことは、本件考案の考案の詳細な説明及び図面を全体的に考慮しても一目瞭然である。
原告は、「3次元的に中心軸が変化」するとは、成形パーティングラインが3次元的な曲線をなしていること、金型でいえば、割り金型の合わせ面が立体的な折曲を意味するものであると主張するが、直線状のダクト管の場合であっても、それを成形する金型の分割態様によってはパーティングライン及び金型の合わせ面は3次元的に変化するものとすることが可能であるから、パーティングラインが3次元的に変化するものである場合には、ダクト管の中心軸も3次元的に変化するものであるということはできない。
(c) 本件明細書の考案の詳細な説明中の「その途中で折曲げが自由な硬質」の記載部分は、形式上は手続補正書の提出なくして審判官の職権により削除されたものである。すなち、本件考案は、出願当初の明細書では、管自体が立体的に折曲していることと、折曲自在な蛇腹部を有することとを並列的な要件としていたが、昭和56年5月8日付け手続補正書(甲第13号証の3)により、折曲自在な蛇腹部を有することは必須構成要件からはずされ所望事項とされるに至った。昭和60年4月17日、被告代理人が、特許庁に出頭して松田審判長と面談を行い、本件考案においては、蛇腹部を設けることは必須構成要件ではない旨を説明した。その後、松田審判長から、被告代理人に電話があり、「所望により適宜箇所に蛇腹部を設けた」との記載部分は所望事項であれば必須構成要件ではなく、実用新案登録請求の範囲に記載することは適切ではないから削除すべく指摘があり、被告代理人は、昭和60年4月30日付けで、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載から「所望により適宜箇所に蛇腹部を設けた」との記載部分を削除した手続補正書(甲第13号証の9)を持参し、松田審判長に提出した。以上の事情からすると、「その途中で折曲げが自由な硬質」の記載部分が出願公告公報(甲第2号証)中に印刷されていないのは、松田審判長が実用新案登録請求の範囲から「所望により適宜箇所に蛇腹部を設けた」との記載部分を削除したことと矛盾する上記記載部分を職権で削除したものと考えられる。そして、そのような職権補正をすること自体、審判官と出願人との間で合意した内容に即したものであり、形式的には提出した手続補正書は存在しないが、審判官の職権補正を出願人が追認したにすぎないものである。なお、補正は、原則的には手続補正書によるべきであるが、実際の運用上、「電話補正」とか、「出頭補正」とか呼ばれる職権補正が補正書なき補正として軽微な補正については従来から慣行として行われている(乙第13号証)。
(d) 本件考案は、蛇腹部を折り曲げることによってその中心軸を3次元的に変化する所定の管路形状とすることや、成形後に事後的に中心軸が3次元的に変化する形状とすることを特徴とするものではない。
すなわち、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載は、特に蛇腹部を設けることを必須構成要件とするものではない。実施例として示した第3図及び第4図のものも、成形後に蛇腹部を折り曲げることにより中心軸を3次元的に変化するものとしているのではなく、製造直後において既に中心軸は3次元的に変化しているものである。また、例えば、サイホンポンプの公知例(乙第10号証)のように、成形後に事後的に中心軸が3次元的に変化する形状とすることは本件考案前において公知だったものである。
<2> そうすると、側面形状における蛇腹部分(甲第4号証参照)がまっすぐに製造された引例ダクト管は、本件考案の新規性を失わせるものではないことは明らかである。
(2) 取消事由2について
<1> 引例ダクト管の現物は、スバルサンバーに取り付けられていたものを車体から取り外したものである(甲第3号証)。したがって、上記現物は、成形時すなわち製作直後の形状ではなく、車体に長い間取り付けられて、「くせ」がついたものを取り外した後の形状を示しているにすぎない。
実際には、引例ダクト管の現物は、成形時には中心軸が2次元的に変化している形状を有するものであって、それをスバルサンバーに取り付ける場合に蛇腹部で折曲げて中心軸が3次元的に変化している形状としていたものである(甲第8号証の2第54、第55及び第64問答、甲第8号証の3第37及び第45問答)。
<2> 図面(甲第4号証)は、基本的に取付図であるが、便宜的にそれを基にして引例ダクト管を製作したにすぎないものである(甲第8号証の2第36、第37問答及び第109ないし第112問答)。
仮に、図面(甲第4号証)が製作図面であるとすれば、引例ダクト管は該図面に図示されているとおりに製作されたはずである。しかし、引例ダクト管(甲第3号証)のほうが、図面(甲第4号証)で指示されたダクトよりも側面形状の曲がりが少なくなっている。これは、ダクト管をスバルサンバーから取り外したときに、既にダクト管は取付状態の位置から製作時の垂直時の垂直位置に復帰すべくダクト管の弾力性によって復帰したからである。
原告は、三角法の約束事のため正面図が製作図面であれば側面図も製作図面であると主張するが、三角法とは、単に、正面図に対して、左側面図は正面図の左側に位置させるという点において一角法と異なる投影法をいうにすぎず、それは、図面の正確な取付図であるか、製作図であるかとは全く次元の異なる問題である。
原告は、図面(甲第4号証)の注記4をその主張の根拠として主張するが、同図面には、注記5も存在し、それらは、蛇腹部にバリが形成されるとダクト管が容易に曲がらなくなるが、正面図においてバリが蛇腹の右側か左側に形成されるように成形すれば、正面図の形状は取付状態のまま成形されることとなり、さらに、バリは正面図において蛇腹の側部に形成されるので、側面図において蛇腹を前後方向に曲げることが可能であることを意味しているのである。しかし、現実には、バリのために蛇腹が簡単に曲がらず、そのために、注記5として1kg以下で曲がること、具体的にはバリの一部をナイフで切り取る作業を指示したのである。
<3> パーツカタログ(甲第5及び第6号証)は、必ずしもダクト管の成形時の形状を図示したものではない(甲第8号証の2第78問答)。
(3) 取消事由3について
<1> 図面(甲第4号証)における側面図等の吹き出し口の中心線がダクト胴部の中心線から5mmずれているとの認定は、技術的に誤っている。すなわち、該図面側面図においてZ/7番線の上方34mmの位置から上部の断面部分は、正面図における垂直線Aに沿ってとったため左側に傾斜しているのであり、ダクトの中心線において傾斜していることを示すものではない(乙第5号証10頁1行ないし12頁末行)。
原告は、引例ダクト管の上端部には2つの仕切りがある点を指摘するが、これらの仕切りは引例ダクト管の管壁から内部へ突出したものであり、かつ、極めて部分的に設けられているにすぎないから、引例ダクト管の管路全体の中心軸の形状に実質的に影響を与えるようなものではない。
仮に原告が主張するようにダクト管の上端部左右が前後にねじれているとしても、そのことから直ちにダクト管の中心軸が3次元的に曲がっていると結論付けることは乱暴な議論である。ダクト管上端部左右の前後のねじれとダクト管の中心軸とは必ずしも一義的な関係を有するものではない。さらに、原告主張のようなねじれによって具体的にどのように中心軸が3次元的に曲がっているかを原告は立証していない。
<2> 原告は、引例ダクト管の図面(第4号証)に基づき割り金型を製作する場合、金型の合わせ面が2次元形状のものを用いて成形することは、ダクト上部の吹き出し口の上記形状から不可能である旨主張する。しかしながら、どのような金型を使用するかは金型を使用する場合の好みの問題であり、別紙1図3のものに制限されるものではないこと、図面(甲第4号証)中には「指示ナキRハメーカーニー任スル」と記載されており、かつ、吹き出し口の両端部は半径「R」と指示されているだけで、特にどのような特定の数値の半径であるかは特定されていないので、アンダーカットが発生することがないように製造者が適当にRの値を選択することが可能であり、したがって、甲第9号証が指摘するような問題は発生しないものである。
さらに、原告は、上記吹き出し口付近でパーティングラインが折れ曲がっている旨主張する(別紙2第2図)。しかし、別紙2第2図は、原告の創作による図面であって、現物のダクト管を精査しても、バリ取りのためのナイフの切り傷のために定かにパーティングラインを決定することは不可能であり、原告のいうようにパーティングラインが曲折しているわけではない。仮にパーティングラインが原告主張のようなものであったとしても、そのことは直接にダクトの中心軸が3次元的に変化していることを意味するものではない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件考案の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> まず、本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)にいう「中心軸」の意義について検討すると、一般に、管において中心軸とは、特定の軸線から垂直な面において軸線から点対称の形状を有する管の軸心を意味するものと考えられ、本件明細書の考案の詳細な説明等を検討しても、本件考案の要旨にいう「中心軸」の意義がこれと異なるものであることをうかがわせる記載はない。
原告は、中心軸の意義に意味はなく、要するに管の形状が「3次元形状」であればよいというものである旨主張する。しかしながら、そのように解することは、本件考案の実用新案登録請求の範囲に「中心軸」と記載されていることを無視することとなり、実際上も、外側が3次元形状であるが、中心軸は2次元的に変化するにすぎない管を想定できるものであるから、原告の上記主張は、採用できない。
さらに、原告は、断面形状がいびつであったり、左右非対称の複雑な形状になっているものには中心軸なる概念は考えられない旨主張するが、そのような形状のものに中心軸の概念がないとしても、中心軸の概念に当てはまる形状のもの、例えば断面形状が円形の管が存在することは明らかであるから、断面形状がいびつであるもの等の存在から、本件考案の要旨にいう中心軸に意味がないと解することはできない。
<2>(a) 次に、本件考案の要旨にいう「3次元的に中心軸が変化する所定の管路形状」の意味について検討する。前記本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)のみからは、3次元的に中心軸が「変化する」の意味は、中心軸が3次元的に変化した静的状態を意味しているとも、中心軸が3次元的に変化する可能性を有しているものとも解釈する余地があり、明確ではない。
そこで、本件明細書中の考案の詳細な説明の記載等について検討すると、甲第2号証及び第12号証の1によれば、本件明細書の考案の詳細な説明の項には、次の記載があることが認められる。
「本考案は剛性の薄肉プラスチック管に関するもので、特に立体的に折曲した形状のものでその途中で折曲げが自由な硬質熱可塑性樹脂製のものを提供することを目的としている。」(甲第2号証1欄8行ないし11行、甲第12号証の1第1頁10行ないし13行)
「一般に換気装置や冷房装置等における低温低圧下の送気ダクトに用いる配管用パイプは、装置取付個所の条件が個別に異るため従来は、できれば変形性(可撓性)に富むゴム製のものが望ましく、またそれに乏しい材料のものでは汎用性のある各種形状の管継手を揃えて取付個所に応じた配管をするのが常である。しかし、ゴム製のものはその機能及び取付作業の面でも優れているが、製造コストが著しく高いため我国ではコストの低いポリエチレン、ポリプロピレン等からなる硬質熱可塑性樹脂で薄肉管として成形することが多いが、この場合前述するように各種形状のエルボ等の継手を必要とするのみならず、複雑な形状部分における多くの継手部分で空気漏れが生じたり、取付作業の工数がかかる等の不都合があり、これらを防止しようとすればコスト的にも高くならざるを得ない等の欠点があった。上記問題の原因は主にプラスチック管の製造技術から制約されるもので、例えば多くの同型の複雑形状を有する本来多量生産品が好ましい自動車用冷房装置のダクトの場合でもこれを製造できないという問題もあった。従来の直線以外の例えばエルボ管を作る場合について考えれば、・・・上下に対応するL字形丸溝11a、11bを各刻設形成した金型12a、12b間に、上記L字形の高さ又は巾に対応する巾をもった中空のチューブ状に成型された可塑状材料(パリソン)13をノズル14から連続的に供給し、両金型12a、12bを押圧して合わせるとともに、L字溝11a、11bの一端から上下のパリソンによる膜間にエアを注入して、いわゆる吹込成形により溝面に沿ったエルボ15を形成していた。したがって供給されたパリソン13はエルボ15に要する部分以外はいわゆるバリ16として不要部分となり、これを切除しなければならなかった。この点の材料の無駄や労力の損失、技術上の難点も無視できないが、何よりも先ず、この方法では平面的折曲した形状しかできず、立体的即ち、左右上下前後方向に曲折した形状を得ることは無理であった。またエルボ等の一部に蛇腹を設けて折曲がり自在な形状を得ることも、バリ16を切除しなければならない関係で技術的にもコスト的にも困難で不可能である結果、従来は立体的に折曲変形し且つ取付時に折曲げできる管は存在しなかった。この考案はこれらの問題点を解決する熱可塑性薄肉のプラスチック製ダクトを提供せんとするもので、」(甲第2号証1欄12行ないし3欄2行)
さらに、甲第2号証によれば、本件明細書中の図面には、本件考案の実施例に相当するものとして、第3図及び第4図(別紙図面3参照)が記載され、第3図の形状のものについての成形装置を図示した第5ないし第7図の説明として、「金型3の合わせ面は図示するように所望の溝形状の曲がり(即ち成形しようとするプラスチック管の3次元的に変形している曲線)に合わせて前後、左右、上下方向に曲線をなしている」(3欄27行ないし31行)と記載されていることが認められる。
(b) なお、甲第2号証によれば、本件考案の実用新案公告公報(甲第2号証)に記載された考案の詳細な説明には、「本考案は剛性の薄肉プラスチック管に関するもので、特に立体的に折曲した形状のもので熱可塑性樹脂製のものを提供することを目的としている。」(1欄8行ないし11行)と「その途中で折曲げが自由な硬質」の部分を除いた記載がされていることが認められる。そして、「その途中で折曲げが自由な硬質」の部分については、甲第12号証の1によれば、本件考案の出願当初の明細書(甲第12号証の1)に記載されていたことが認められるが、甲第12号証の5(昭和53年7月17日付け手続補正書)、第13号証の3(昭和56年5月8日付け手続補正書)、第13号証の7(昭和59年9月26日付け手続補正書)及び第13号証の9(昭和60年4月30日付け意見書に代わる手続補正書)を検討しても、上記「その途中で折曲げが自由な硬質」の部分を削除する旨の手続補正書が提出されていないことが認められる。
手続補正書の提出のない補正は法律上の効力がないから(平成5年法律第26号による改正前の実用新案法55条2項により準用される平成5年法律第26号による改正前の特許法17条3項)、上記「その途中で折曲げが自由な硬質」の部分は補正により削除されていないものである。これに反する被告の主張は採用できない。
(c) 前記(a)に認定の事実によれば、本件考案の考案の詳細な説明及び図面は、<1>左右上下前後方向に曲折した形状に成形されたダクト管を得ることと、<2>蛇腹を設けて折曲がり自在な形状を得ること、を区別した上で、「立体的に折曲変形し且つ取付時に折曲げできる管」(甲第2号証2欄27行、28行)と称していることが認められる。
そうすると、本件考案の要旨にいう「3次元的に中心軸が変化する所定の管路形状」について、本件考案の考案の詳細な説明及び図面には、<1>管の中心軸が3次元的に折曲変形した形状に成形され、かつ、<2>蛇腹部によりその途中で折曲げが自由なものが開示されているものと認められる。
(d) そこで、本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)の検討に戻ると、前記プラスチック管につき、「3次元的に中心軸が変化する所定の管路形状」とは、蛇腹部の存在の点はともかく、少なくともプラスチック管の成形装置により成形された直後の管路自体の形状が中心軸が3次元的に変化したものを意味すると認められる。したがって、本件考案の要旨は、プラスチック管の成形装置により管路の中心軸が2次元的に変化する所定の管路形状に成形されたものを成形後に蛇腹部を使用して3次元的に中心軸を変化させたようなものを含むものではない。
(e) 上記判断に反する原告の主張は、採用できない。
<3> 原告は、引例ダクト管の側面形状における蛇腹部分(甲第4号証参照)がまっすぐに製造され、製造後に3次元的に折曲されたものも、本件考案の新規性を失わせるものである旨主張するが、上記<1>、<2>で説示したとおり、前記プラスチック管につき、「3次元的に中心軸が変化する所定の管路形状」とは、蛇腹部の存在の点はともかく、少なくともプラスチック管の成形装置により成形された直後の管路自体の形状が中心軸が3次元的に変化したものを意味し、2次元的に成形後に蛇腹部等を利用して3次元的に折曲されたものを含まないから、原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
<1> 甲第3号証及び検甲第1号証によれば、引例ダクト管の現物は、図面(甲第4号証)に記載されたもののように、管路形状が蛇腹部から下の部分で前方向(甲第4号証の側面図でいえば、左方向)に折曲した3次元的に変化した形状をしていることが認められるが、甲第8号証の2(第54、第55及び第64問答)及び甲第8号証の3(第37及び第45問答)によれば、引例ダクト管の現物は、成形時には、蛇腹部から下の部分で前方向(甲第4号証の側面図における左方向)の曲がりを有していなかったが、スバルサンバーに取り付ける際に蛇腹部で折り曲げて前方向(甲第4号証の側面図における左方向)の曲がりを有するようにしたものであることが認められる。
<2> 原告は、甲第4号証を根拠に、引例ダクト管の現物は甲第4号証の側面図の蛇腹部の下側部分が左に曲げられた形状で成形されたものであり、成形時に既に中心軸が3次元的に変化した形状を有していたと主張する。
確かに、甲第4号証によれば、引例ダクト管に関する図面であると認められる図面(甲第4号証)には、正面図において蛇腹部で左側に曲がった後その下端で更に左側に折曲しており、側面図において蛇腹部で左側に折曲したものが記載されており、これらの正面図及び側面図には、中心軸が3次元的に変化したダクト管が記載されているものと認められる。そして、甲第4号証によれば、図面(甲第4号証)には、「5 ジャバラハ取付状態ニスル時、1kg以下デ曲ガルコト、(側面図前後方向)、4 本部品ノ正面形状ハ取付状態(図示)ニテ成型スルコト」と付記されていることが認められる。
しかしながら、甲第8号証の2(第36、第37問答、第41ないし第43問答及び第109ないし第113問答)及び乙第5号証によれば、図面(甲第4号証)は、取付図として製図されたものであり、通常は別に作成される製作図面は蛇腹部があるため多少の誤差を認めることができるので作成されず、図面(甲第4号証)を基にして引例ダクト管を製作したこと、上記図面(甲第4号証)の注記4は、正面図の形状で成形すれば、バリは正面図において蛇腹の側部に形成されることになり蛇腹を前後方向に曲げることが可能であることを意味したものであるが、現実にはバリのために蛇腹が簡単に曲がらなかったために、注記5として1kg以下で曲がること、具体的にはバリの一部をナイフで切り取る作業を指示したものであることが認められる(証人池守国夫の証言109ないし113によれば、上記甲第4号証の図面以外に製作図はないという点で、上記甲第4号証の図面は、製作図面の性格をも有するものであることは、当事者間に争いがない。)。この認定に反する原告の主張は採用できない。
また、原告は、図面(甲第4号証)は、三角法の約束の下に図示されたものであるから、側面図は特記しなくとも、その側面形状を投影した形状として左側に描かれるものであるから、側面図も製作状態である旨主張する。しかしながら、正面図が製作図面であるとの前提が誤りであることは上記に説示のとおりであるから、この点の原告の主張は採用できない。
したがって、図面(甲第4号証)を根拠に、引例ダクト管の現物が製造時に中心軸が3次元的に変化した形状をしていたと認めることはできない。
また、原告は、甲第5及び第6号証(パーツカタログ)を根拠に、引例ダクト管の現物は3次元的に折曲していたことは明らかであると主張する。
甲第5及び第6号証に3次元的に折曲した形状のダクトデフロスタが記載されているとしても、甲第5及び第6号証には、その3次元的に折曲した形状が製造の時点で曲がっていたものか、取付けの時点で曲げられたものかの点を明らかにする記載はないから、甲第5及び第6号証を根拠に引例ダクト管の現物が製造時に中心軸が3次元的に変化した形状をしていたとする原告の主張は採用できない。
<3> したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3について
原告は、引例ダクト管は蛇腹部の曲がりを無視しても、他の部分において立体的に曲がった形状を呈しているから、審決は、この点についても認定を誤っていると主張する。
<1> 図面(甲第4号証)において、「上記側面図ダクト管の吹き出し口付近は僅かながらも左へ傾斜し、原告の指摘する中心線はダクト管胴部の中心線から5mmずれて記載されているように見える」ことは、当事者間に争いがなく、甲第4号証によれば、図面(甲第4号証)には、ダクトの吹き出し口は左端が前方へ6mm、右端が前方へ9mmねじれていることが認められる(B矢視図)。そして、甲第4号証の正面図の形状のまま成形したとすると、B矢視図に示された形状は、前後方向にねじれた状態で成形されたものと認められる。
しかし、甲第4号証、検甲第1号証及び乙第5号証によれば、図面(甲第4号証)のB矢視図の吹き出し口の両端面は半径「R」の半円形状となっているが、その半径Rの具体的な数値は指定されておらず、注記3には、「指示ナキRハメーカーニー任スル」と記載されていること、引例ダクト管の左側ダクトの現物(検甲第1号証)の吹き出し口の形状は、円形そのものではなく、ゆがんだ形状をしていること、したがって、引例ダクト管は、Rの値を任意のものに設定することによって、吹き出し口の両端で製品の抜取りを妨げるアンダーカットを逃げて成形されたものと認められる。この認定に反する甲第9号証等に基づく原告の主張は採用できない。
<2> 次に、甲第4号証によれば、引例ダクト管の現物の吹き出し口の両端部には取付け用の穴の開いたブラケットが一体に成形されていること、B矢視図にあるとおり、これらブラケットがX-6番線から6mmないし9mmずれた位置に成形されていることが認められ、さらに、型抜きの際にブラケットの位置に金型の合わせ面がなければ型抜きができないことは明らかである。
しかしながら、甲第8号証の2によれば、引例ダクト管が取り付けられたスバルサンバーの開発担当者であった池守国夫は、審判段階における証人尋問で、吹き出し口の形状について「ここは3次元ではありませんか。」との問いに対し、「いや、通常ですがそういうことは、我々といたしましては、ある面で単純な型われ、一平面で出来る型われと言いますか、単純なものについては、厳密にはそういうことは表現してないです。」(第144問答)と証言していることが認められる。そして、甲第4号証によれば、前後方向へのねじれ9mmは、吹き出し口の幅173mmと比較して5.2%程度であり、吹き出し口右側上方と蛇腹部下方の幅270mm(蛇腹部下方がY/1番線から100mm以上左側に延びている。)と比較して3.3%程度であること、縦方向についても、9mmのねじれは、縦方向の長さ456mm(16+400+40mm)と比較して2%程度であることが認められる。そうすると、本件ダクト管を成形するために使用された金型は、金型の合わせ面は平面であり、ただ、ブラケット部分において相手方金型側に合わせ面を超えてわずかに突き出た形状の金型である可能性があるといわなければならず、必然的に別紙1の図3の金型にならざるを得ないとの原告の主張は採用できない。
<3> さらに、仮に金型の合わせ面が別紙1の図3のものであったとしても、そのことから直ちに引例ダクト管の中心線が3次元的に変化したものであると認めることはできない。すなわち、甲第4号証によれば、図面(甲第4号証)の正面図において、ラッパ状の部分はZ/7線の34mm上の部分から、右側により傾いた形状をしていることが認められ、そうすると、その中心線を求めようとすれば、別紙4のA’線のように、A線より右側によった位置にあることが認められる。そして、甲第4号証のB矢視図によれば、そのようにして求めた中心線A’は、依然としてX-6線上にあり、したがって、中心軸が3次元的に変化していない可能性が強いと認められる。
<4> 原告は、甲第4号証の側面図によれば、引例ダクト管の中心は、5ミリ左に寄っている旨主張するが、正面図及びB矢視図を合わせ考えれば、側面図は、正面図のA面で切った部分の断面図であり、上記中心線A’で切った部分の断面図ではないこと、そして、側面図上方で前方に(側面図で左側に)傾いた形状は、吹き出し口が正面図の左側で前方に、右側で後方にねじれているために生ずるものであることが認められる。そうすると、側面図においてダクト管上方が前方に(側面図で左側に)傾いていることは、引例ダクト管の中心軸が変化していることを示すものではないといわなければならない。
原告は、ラッパ状部は、図面(甲第4号証)の正面図からも明らかなように、吹き出し口が蚕のまゆ状をした2つの仕切りによって3つの管路に分岐されており、したがって、ダクト管路の中心線を求めるのであれば、それぞれの管路ごとに3つ設定しなければならない旨主張する。甲第4号証及び検甲第1号証によれば、これらの仕切りは引例ダクト管の管壁から内部へ突出したものであり、かつ、極めて部分的に設けられているにすぎないから、引例ダクト管の管路全体の中心軸の形状に実質的に影響を与えるようなものではないと認められ、この点の原告の主張は採用できない。
<5> したがって、原告主張の取消事由3は、理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博)